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夏休みのお知らせ

  • 2018.08.06 Monday
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毎度ご愛顧いただきまして、有難うございます。

イタリアの夏休みには及びませんが、RIPAも夏休みを取らせていただきます。

     8月13日月曜〜8月17日金曜 迄


8月11日(祝)は営業致します
皆様にはご不便をお掛けしますが宜しくお願い致します。

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RIPA-Shiga

イグニッションコイル

毎度ご愛顧いただきまして、有難うございます。

近年、車齢を重ねたMOTO GUZZIに経年劣化による、イグニッションコイルの不良が見られる様になりました。
地方のユーザーがお困りではないかと思いまして、IGコイルキットなるものを製作
しましたので、お知らせ致します。

コイルの冷却を考えまして、閉磁型コイルをアルミのプレートに取付けておりまして
温度変化による火花性能の低下を防いでいます。
コードはカーボンファイバー製でプラグキャップは防水&抵抗入りです。



s-IGコイルキット.jpg

画像は850cc〜1000CCのものです。

価格はモデルによりまして、少し変動しますが「¥38,800」(税抜き)となります。

ご注文の際は機種(モデル名)をお知らせ下さい。

*仕様は機能向上の為予告なく変更する事があります。

riparare@motoguzzi-jp.com
RIPA-Shiga
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2018年ゴールデンウイークのお知らせ

毎度ご愛顧頂きましてありがとうございます。
連休のお知らせです。
RIPAは5月1日より5日(第一土曜)まで休業とさせていただきますので皆様には
ご不便をお掛けしますが、ご了承の程お願い致します。
尚、6日(日曜)より通常通り営業致します。


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Buon Natale e Felice Anno Nuovo!!

*MONZAでの、ビンテージバイク4時間耐久レースです。

LeMans1000で走ってます。



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夏休みのお知らせ

毎度ご愛顧いただきまして、有難うございます。

イタリアの夏休みには及びませんが、RIPAも夏休みを取らせていただきます。

     8月16日水曜〜8月19日土曜 迄


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皆さまにはご不便をお掛けすると思いますが、ご理解の程お願い致します。
RIPA-Shiga
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ゴールデンウイークのお知らせ

ご無沙汰しておりまして、失礼致しました。
連休のお知らせです。
RIPAは5月3日より6日(第一土曜)まで休業とさせていただきますので皆様には
ご不便をお掛けしますが、ご了承の程お願い致します。
尚、7日(日曜)より通常営業致します。


こんな変わったモデルも在り?
s-moto_guzzi_v14__bolide_rosso_by_obiboi-dahmnm0.jpg
RIPA−Shiga

あけましておめでとうございます

2017年もご愛顧のほど、宜しくお願い致します。

ここ数年のMOTO GUZZIはRIPAが好むようなモデルは出しませんが、(と言いましても好みは私の主観ですが・笑)
しかし、昨年年末に”V7-III”を発売しました。(RIPAの好みではありませんが・笑)
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Moto Guzzi V7 III Stone_2.jpg
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このモデルのシリーズはバリエーションモデルも出るでしょう。 国内市販は未だの様です。
エンジンをはじめ各部はV9モデルと同じ意匠で設計されまいます。
大変興味深いのはCyl.ヘッドです。又、IN.EX.各バルブはV9と同じサイズです。
後日、機会があればお伝えします。


それでは、今年も宜しくお願い致します。


RIPA-Shiga
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2017年も宜しくお願いします。

MOTO GUZZISTI へ



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V65 再生記 <番外の3>マンデッロ周辺ツーリング

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これまでモトグッチ95周年のラドゥーノの様子をお伝えしましたが、その前後のV65スクランブラーでのツーリングのことも少し紹介させていただきます。ただし、今回はマンデッロ・デル・ラーリオの滞在を5日間と長くとったので、ツーリングもあまり大移動はせずにマンデッロ周辺をあちこち走ってみようと考えました。
 
まずはイタリア到着の翌日、金曜日の昼過ぎにマンデッロに到着し、V65を箱から出して準備整った午後3時ころ、レッコ湖をはさんだ対岸のギザッロ峠を目指しました。
前回15年前にカリフォルニアで走ったときは湖岸をトレースして行ったのですが、今回はマンデッロの少し北に位置するヴァレンナから出るフェリーに乗りました。
 
フェリーは15分ほどで対岸の高級リゾートであるベッラージオへ到着。ここは実はスターウォーズシリーズでロケ地に使われているのです。知ってました?探してみてください!
ベッラージオから南に峠道を登ってゆくと、やがてギザッロ峠にたどり着きます。かつてオートバイレース「ジロ・ディ・ラーリオ」の名所のひとつですが、自転車レース「ジロ・ディ・イタリア」の関わりの方が日本では有名かもしれません。この峠に建つ聖母礼拝堂は自転車乗りの聖地、堂内にはいにしえからの自転車のトップレーサー達のジャージが飾られていたりします。数年前建設途中だった自転車博物館も完成したようでしたが、すでに夕方で閉まっていたのは残念でした。
 
ギザッロ峠からの降りでは観光バスがヘアピンカーブに座礁していました(笑)
実は15年前にギザッロに来た時も狭い道でバスとトラックがすれ違えずに30分ほど停滞したのです。ここに来るといつもバスが座礁している・・・・・。でもおそらく今回この停滞のおかげで帰りのフェリーからは美しい夕焼けの風景も見ることができたのでした。


  
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ラドゥーノ本番の土日はイタリア中、いや世界中からグッチスティが到着するので主要道路は大混雑します。この2日間はマンデッロの外に出ないほうが無難なので、せめて昼ごはんに街の背後の山の中腹にあるリストランテに行くことにしました。
 
そこはだいぶ昔ですがモトグッチの重役の方にクルマで一度だけ連れて行ってもらった山荘をかねたリストランテ。日本である程度場所を調べて行ったのですが、案の定迷ってしまって・・・・・これぞ!と登っていった道は市の共同墓地を行き止まりに終わってしまいました。
これは諦めるしかないか、と降る途中に道を尋ねてみた相手がなんと休暇中のモトグッチ社の社員の方で、彼がスクーターでリストランテまで連れて行ってくれたのでした。店の入り口で谷をひとつ隔てた向こうの集落を指差して「ほら、あれが僕の家だよ」って。最初の道はまったく見当違いだったのに、いい方に出会いました。
 
リストランテの名は「アル・ヴェルデ」
モトグッチの背後にそびえるグリーニャ山を眺めることができる絶好のロケーションのうえ、モトグッチとの関わりも深く古い様々な写真も見ることができます。ほかにもたくさんのグッチスティがやって来ていました。
 
ここでのオーダーは地元ロンバルディアの生ハムブレサオーラにマンデッロの友人から教えられていた地元料理のクルミのソースのラビオッリ、やはりクルミソースの牛肉のソテーも頼みました。それと僕は飲めないのですが同行者のためにハウスワインの赤を一杯・・・・・
なのに、ほどなくワインボトルが運ばれてきたのです。カメリエーレに「グラスを注文したのだけど・・・」と質すと「グラスでもボトルでも値段は一緒ですからご自由に飲んでください」って!!!しかもそのワインは冷やされた微発泡の赤でとっても旨かったのです!すみません、一滴も飲まなかったとは言いません。ちょっぴり、ちょっぴりだけ味見しました。この旅で唯一残念なことはこのワインをたっぷり飲めなかったことです。
 
日本に帰ってから記憶を頼りに調べました(笑)。ボトルには店の名の「AL VERDE」というラベルが貼られていましたが、たしかロンバルディアのDOC(ワインの規格です。ボトルネックのシールでわかります)であって、さらにどこかにバルベーラ(種)と書かれていました。よって、たぶんオルトレポ・パヴェーゼ・バルベーラ・・・日本で探してみます!!!


 
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続いてラドゥーノが終わった月曜日、午前中は湖岸にて月曜日だけ開かれるメルカート(市場)をうろうろ散歩&夜のバーベキューの買い物などして(肉・生ハム・サラメ・チーズ、とんでもなく安いです)、11時ころ昼メシツーリングに出かけました。目指すはモトグッチ社の背後の山グリーニャの向こう側にあるバッラービオです。V11シリーズにもこのネーミングがありますね。
 
いったんレッコに南下して谷あいの道を北上します。このあたりの土地をヴァル・サッシーナ、サッシーナ谷と言えばいいのでしょうか? <動画>山々が美しい風景のなかをゆく谷あいのルートなのです。 ←10年以上前のボロいコンデジでなんとなく撮ったのであまりキレイではありませんが・・・。
 
やがて到着したのはアルヴァという・・・・・・なんと言ったらいいのでしょう?食肉加工品工場であって、かつ街道のドライブイン兼お土産屋さんみたいなとこ。と書くとずいぶん安っぽい感じですが、中は牛や鹿の剥製なんかが飾られた山荘風。ここのパニーニが絶品だと聞いてやってきたのです。
ここのパニーニ・ピウマ・インペラトーレ、皇帝も愛したイベリコ豚(しかも羽根のように柔らかい)のパニーニは、注文するとなにかタレに浸けてあったショーケースの生肉を薪がガンガン燃えるオーブンで焼いて、パンにはさんでくれます。友人がこの地を離れる前にわざわざ食べに来るというだけあってとても美味しく、パンからはみ出る巨大で分厚い肉に一瞬たじろぐのですが名前にある通り羽根のように軽く、あっさり食べれてしまうという絶品だったのでした。
 
あとで話したら実は日本好きだというここの若主人ラファエッロさんは謎の東洋人が入ってくるなり店の一番自慢のメニューを注文したのが嬉しかったのでしょうか「こっちへ来い来い」と店の奥へいざないます。地下へ降りてゆくとサラメやチーズの貯蔵庫に古いワイン蔵、いいものを見せてもらいました。
 
別れ際に行き先を聞かれ、マンデッロに帰ると伝えると「エジーノ・ラーリオを通って行くべきだ!」と力説する彼をあとにしてしばし・・・・・予定外だけど、よし!言に従って道を曲げてみたのでした。


 
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再び谷あいの道を北上することしばし、教えてもらったエジーノ・ラーリオを抜けてマンデッロに戻るルートへハンドルを左に切ったのでした。谷あいの道から離れて山道を少し走ったらもうさっきまでの道を見下ろす標高に達しています。小さな集落に小さくても美しい教会が静かに建っている。もうこれだけで「来てよかった〜」と思えるシチュエーション。
 
さらに標高をあげて稜線に出るとなかなか素敵な景色が待っていました。尾根の上、下界を見下ろす丘の下にヤマハ号が1台たたずみ、その丘の上の芝生にくつろぐカップルが見えました。女性のほうがこちらに手を振っています。こんな散歩ツーリングコース、ええなあ〜〜〜〜。ここにアップした画像はほんの一部です、本当にいいコースでした。いつの日か、日本のグッチスティの皆さんもぜひ走ってみてください。
ちなみにマンデッロに住むこの地の出身者にあとで聞いたところでは、エジーノ・ラーリオはモト・ジレラの発祥の地だそうです。元はスキーリフトのエンジンを造ったのがジレラの始まりだったそうです。
 
行き当たりばったりの望外の景色をたっぷり味わって、中腹の集落にみつけたバールでジェラートとカッフェの小休止。そしていよいよレッコ湖への降り道です。つづら折れをぐんぐん降りレッコ湖岸のヴァレンナの街が徐々に近づいてきました。<動画>西向きの斜面の家並みを縫ってひたすら降りてゆきます。そして南へ10km走ればマンデッロ。このせいぜい50kmのツーリングで今回の走り納めとなりました。
 
今回の旅では情報やら道案内やら地元の皆さんにいろいろ助けていただきました。しかも自分の足が無かったらとても行けないところばかり行って楽しんできました。あとなによりラッキーだったのは帰国前最終日のミラノまでずっと晴天だったことです。自分のモトをオーナー以上の経費をかけて送ってしまったのですから、これくらいの幸運に授かっても怒られないですよね?(笑)
 
もし、イタリアでのモトグッチツーリングを考えてらっしゃる方がいらしたらマンデッロ周辺のこんなルートも参考にしていただければと思います。V65 再生記の番外イタリア編、これで終わります。
 
 
 
mas

V65 再生記 <番外の2>モトグッチ95周年

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今回の工場見学は、入り口から奥をのぞきこむ程度で、以前のように工作機械や製造ラインのあいだを練り歩くようなことはできませんでした。なので画像がほとんどありません。
 
上の画像で空き地の光景は<番外の1>の4枚目の画像の黒いアーチをくぐった先のものです。なにかガランとしたちょっと寂しい光景です。かつてここには旋盤など金属加工機械が並んだ部品工場の建屋がありました。私が2度めにマンデッロを訪れた1996年のモトグッチ・デイで、ここに入ると旋盤の1台にやけに長いカムシャフトがセットされてるのをオーナーズクラブジャパンのメンバーが発見しました。「これはV6のカムじゃ?」と、みんなで覗き込んでいると工場のスタッフがやってきて「マセラーティのカムシャフトだよ・・・」と。「おお〜」マセラーティから委嘱されて造っていたのでしょうか?細かいところはわかりませんでしたが、モトグッチの工業力の幅かくあらん!と背景の想像が膨らむひと幕でした。ですがその建屋もいまはありません。
 
この建屋は2〜3年前でしたか、モトグッチがピアッジオ傘下に入ったあと(正確には当時親会社のアプリリアが破綻してともどもピアッジオ傘下に・・・)壊されました。モトグッチの古い資料には年代ごとに徐々に拡張してゆく本社と工場の平面図(や空撮写真)の比較が載せられています。が、恐らくは合理化の名のもとに、長い歴史の中で初めてなにかが削られたことになります。
それにしてもこの広大な面積の建屋にあった工作機械はピアッジオに移されたのでしょうか?この工程が無くなったことによって相当な人員削減も当然あったことでしょう。


 
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上の画像は空き地の写る画像の場所から180度振り返ったところです。小さなステージが作られて、音楽など流れていましたがこれといってプログラムの発表もありませんでしたので、その内容はわかりません。また、V7シリーズなど試乗車が並べられ軽食の出店などもありました。いままで工場敷地内にステージや飲食店が置かれたことはなく(いままで、と書きましたが私が最後に行ったのは10年前、2011年のイベントにはとても行く気になれませんでしたのでその年のイベントの様子は知りません)、一方湖岸の街の公園にはいままで同様大きなイベント会場が作られていて・・・・・このあたり、イタリアに来る前から感じていたいままでとは異なる空気を如実にあらわしていたのです。
 
このラドゥーノに参加するには春あたりから宿泊予約するなど準備を始めなくては間に合いません。ちょうどそのころモトグッチのホームページにも日程などアナウンスが載せられるのです。それが今年は特に記載が無く月日が過ぎていました。
V65輸送の手続きの途中で、イタリアの税関から「参加するイベントの資料提出」を要求された(イタリアに輸入したものをそのまま輸出することを証明して非課税にするため)6月も、マンデッロの複数のモトクラブが連名で主催する「インターナショナル・モト・ラドゥーノ チッタ・デッラ・モトグッチ(シティオブモトグッチ)」が発表したプログラムしか見つけられず、やむなくそれを資料として提出したのでした。
 
それが、もうラドゥーノ来月だよ!というタイミングになってようやくOPEN HOUSE(オペンホウセではありません、笑)の案内がモトグッチのホームページに載せられました。チッタデッラモトグッチとオープンハウス、ふ〜ん、なんだかなあ?と思っていたのが、現地に来てみてわかったのでした。
・・・・・いままではモトグッチ社が主催してモトグッチ・ディやGMGという名称で5年おきのアニバーサリーイベントを催してきました。が、今回はマンデッロにある全てのモトクラブが初めて合同で主催する、言うなれば市民が主催するモト・ラドゥーノだったのです。オープンハウスはそれにあわせて工場等を開放した、ということなのでした。
モトグッチ社はイベントに対して力が抜けちゃったのでしょうか?そのゆとりが無いのでしょうか?それとも元締めピアッジオ様が古いモトに乗ってる連中なんか相手にするなと指導してるんでしょうか?(まさか!)
 
今回私がわざわざモト・ラドゥーノ(訳してオートバイの集会・・・・・なんて言うと違う集会を連想しますが・・・)などと日本では聞きなれない言い方を繰り返しているのはこういう経緯があったのです。もっともイタリアのグッチスティはその昔GMGのころからラドゥーノと言ってましたけど。


 
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また少し、イベントの様子を書きましょう。土曜の夜は9時ころから湖に浮かべたボートから花火を打ち上げていました。日本の花火に慣れた目には小さく控えめな花火でしたがキレイでしたよ!たくさんの酔っぱライダーたちがゆるんだ目を空に向けて花火を楽しみました。
 
市庁舎の前はサーカスのような雰囲気。これはウォール・オブ・デス!あの中をバイクで走り回るのです。モルモットが遊ぶコロコロを横にしたみたいなアレです。常に行列なので見られませんでしたが、ミラノに帰る直前にウォール・オブ・デスのライダーと会いました。「で、モトはなにを使ったの?」「インディアンさ」「あ、そ・・・・・」(笑)
 
この時に機を合わせて発刊された本も売っていました。
GUZZI l'idea che ha cambiato Mandello
グッチ マンデッロに変化をもたらした着想
訳してみるとこういったところでしょうか。モトグッチとマンデッロの深く長いつながりを感じさせずにいられない本です。そしてこれを売ってた売店のおばちゃんが「あなた12月にまた来てね」というのです。「だってこれは1巻よ、第2巻が12月に出るんだから買いに来てね!」なんだそうです・・・・・。無理です。
 
この本にマンデッロの街の名所旧跡のガイドがセットされていました。画像にもあるように街のあちこちに看板もたてられています。靴にからみついた竜のようなのはなんなんだろう?と帰国後に調べてみました。そうしたらマンデッロにもパルチザンの歴史があったのです。登山靴に半ズボンの勇猛な山のパルチザンにからみつく化け物をあらわしていたのでした。
 
1943年9月、イタリア降伏と同盟脱退が露見するとともに侵攻してきたナチス軍への抵抗を宣言したバドーリョ将軍(当時首相、降伏に導いた)に従ったマンデッロの軍人70人、結果捕まってしまうも抵抗を重ね、正規の戦争捕虜として扱われずヨーロッパ各地の収容所で使役にこき使われ厳しい生活条件に耐え、米ソによる解放後もつらい転変の旅を果たして帰国したそうです。


 
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マンデッロ滞在の最終日には幸運にも市長とお話することができました。なんと28歳(以前は21歳の市長もいたそうです!)のリッカルド・ファソーリ市長、午前中からバールで友達とビール飲んでました(笑)
「実は市で運営するムゼオ(モトグッチ博物館)を作りたいんだ。工場は週末は閉まっちゃうからお客さんが入れないんだよ」と、ちょっとした展望も語ってくれました。言外に「モトグッチのほうの方針はコロコロ変わるからさ、自前で対処できるようにしとかないと」というようなものを感じたのは、私の見方がうがち過ぎましたか?
 
小さな街がモトグッチとともに、というのは初めてここを訪れたときから感じていたことです。街中のショーケースにモトグッチ、店の前にモトグッチ、これらの車輌はモトグッチ社から貸与されたんじゃないんですよ!!みんながモトグッチオーナー。ほんとうにモトグッチに対して誇りを持っています。先のパルチザンの歴史にも感じさせる山の民の気骨が「会社(モトグッチはたまたピアッジオ?)ができないなら俺達がやってやるぜ」と今回の街とクラブの協力によるイベント主催を成功させたのかもしれません。
 
あ、こんなふうに書いてるので、誤解が無いように付け加えておきますが、モトグッチVSマンデッロという構図があるかのように見えますが、心配無用です!!モトグッチの従業員はマンデレージ(マンデッロびと)や周辺の街街の方ですし、街のおじいちゃんもおばあちゃんもみんな昔働いていた・・・・・現在の社員に対して我が孫を見るように優しく、後輩に対するように厳しくも温かく接する方々なのです。
それに私が見てきてこうして書いていることも外見的なものにすぎず、たとえば各イベントの資金の出資元もどうなっているか知らないのですから。


 
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最後に今回出あった鷲の仲間たち。100周年にも来るんだろ?と皆に念を押されましたが、ハテ?それまでに今回のローンを完済してるものやら?
 
mas

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